Supremeの歴史

本記事ではSupremeの歴史について紹介しております。

Supremeの設立

 Supremeは1994年4月,ジェームス・ジェビア(James Jebbia)氏によってニューヨークで設立されました。

 ニューヨークの店舗は, 当時のコンセプトは、NYのスケーターの為だけのショップで、ZooYorkのデッキなど厳選されたスケート関連の物を扱っていました。しかしながら, これまでのごちゃごちゃして薄暗いスケートボードショップとは一線を画し, 商品は壁際にのみ陳列され, 中央には広く空いたスペースが取られていました。これは, スケートボードを持ったまま入りやすいようにという配慮でした。また, 高級感を醸し出す広い天井と真っ白な壁もまた, これまでのスケートボードショップのイメージを覆すものでした。
 オープン当初, 初代スタッフでスケーターのジオ(GIOVANNI ESTEVES)の友達などを含む、地元のスケーターのたまり場となっていました。当時は,Supremeオリジナル商品は, ジェームス・ジェビア(James Jebbia)がデザインしたSupremeオリジナルのTシャツが数点販売されている程度で,  ZOO YORK、SSUR、THRASHER、SPITFIRE、VANSなどのスケーターブランドを取り扱うセレクトショップでした。しかしながら, そのクオリティの高さからSupremeオリジナル商品が人気を博すにともない, 徐々にオリジナル商品の割合を増やしていきました。

 

Supremeが人気を博すまで

 1994年,ケイト・モス(Kate Moss)を起用したカルバンクライン(Calvin Klein)のポスターにSupremeのステッカーを貼った過激な広告宣伝を行います。のちにカルバンクライン(Calvin Klein)からは告訴されたものの, このアンダーグラウンドな広告宣伝によって, スケーターのみならず, ニューヨークのファッション関係の人々に広く認知されることとなりました。ちなみに同ポスターのデザインは2004年にTシャツになっています。

 Supremeは, 商品の生産数が限られていることから, さかんに二次流通が行われ, 世界中でカルト的な人気を巻き起こします。また,ナイキ(Nike)やノースフェイス(North Face)をはじめとして, 様々なブランドのコラボを通じて, 一般にも認知を広げていきました。

 1998年, すでに東京代官山に直営店舗がオープンします。世界で二番目の店舗となります。また, この後日本では原宿, 渋谷, 名古屋, 大阪, 福岡に店舗を構えることになります。2004年, アメリカ2号店がカリフォルニア州ロサンゼルスにオープンしました。2号店は, ニューヨークにある1号店の2倍の広さを誇り, 室内型スケートボールがモチーフになっています。2011年にはロンドン, 2016年にはパリで直営店舗が設立されました。
 こうして, Supremeは世界でもっとも成功しているストリートブランドとして, 不動の地位を築くことになるのです。

設立者ジェームズ・ジョビア(James Jebbia)氏の経歴

ジェームズ・ジョビア(James Jebbia)氏の生まれ育ち

Supremeを立ち上げたのはジェームス・ジョビア(James Jebbia)氏です。彼は, アメリカのウェストバージニアで生まれ, イギリスで育ちました。19歳までイギリスに暮らし, 一時は子役として活躍, BBCのドラマにも出ていました。

ニューヨーク移住からSupreme設立まで

 20歳でアメリカに戻り, ニューヨークのソーホー(SOHO)にあるパラシュート(Parachute)というセレクトショップで勤務し, ファッション業界について学びました。この当時, 現在アンディフィーテッド(Undefeated)の創設者として有名なエディー・クルーズ(Eddie Cruz)とは, パラシュートで同僚であったそうです。

 1989年, 彼はストリートセレクトショップユニオン(Union)の立ち上げに協力します。そのUnionで取り扱っていたステューシー(Sutussy)のショップを ショーン・ステューシー(Shawn Stussy)とともに1991年にニューヨークで立ち上げます。Unionによく顔を出しており、ジェームスと、ショーンはそれがきっかけで意気投合しました。

 当時Unionを経営しながらSutussyで働いていたジェームスは巷に増え始めたスケートショップのやり方に疑問を抱くようになりました。またスケートシーンはとても外部から独立しているのと、排他的なところが魅力的だと思っていた彼は、スケーターだけのための真のスケートショップをと考えました。

 1994年, 彼はたったの1,2000ドルでSupremeをオープンさせ, 本ブランドの歴史が始まるのです。

 

日本におけるSupreme

日本は世界でもっとも多くのショップがあり,世界で一番Supremeが不動の人気を築いている国と言われています。Supreme設立者のジェームズ・ジョビア(James Jebbia)氏曰く, 日本のマーケットに向けて特別な施策はSupremeとして打っていないという。それでは, なぜ日本でこれほどまでにSupremeが人気を博したのでしょうか。

日本におけるSupreme設立直後の人気

 1994年にSupremeの設立された当初, Supremeは洗濯したら一発でダメになる貧弱なプリントのペロペロ素材のTシャツ、読み方が分からない「シュプリーム、シュープリーム、サプリーム、スプリーム、スーパーミー」などと呼ばれていたマイナーブランドでした。

一部のスケーターファッションやストリートファッションのショップでのみニューヨークで買い付けられ, ボックスロゴTシャツやボックスロゴパーカーが, 販売されていました。渋谷にあるスケーターブランド「ストーミー」, 同じく渋谷の「SAVEGE!」, 「AMDE IN WORKD」というショップが取り扱っていました。

公式輸入代理店との提携と人気の上昇

 マイナーブランドであったSupremeがブレイクしたのは, 有限会社ワングラムがSupremeの正規代理店になったことがきっかけでした。

 有限会社ワングラムのブランディング&PR担当の惠比壽久雄(えびす ひさお)氏は, ブランディングを勢力的に行い, 90年代の裏原宿系ファッションリーダー達(A BATHING APEのディレクターNIGO(長尾智明)氏, スケーターブランドHECTICのディレクターヨッピー(江川芳文)氏, グラフィックアーティストSKATE THING(スケートシング)氏などに着てもらうことで人気を高めていきました。また, 裏原宿のHECTICをはじめとして, Supremeの取り扱い店舗を増やしていきました。

 1998年6月には, 代官山に初の直営店舗が設立されました。休みの日には常に長蛇の列ができるほどの人気っぷりでした。この代官山の店舗をはじめ, 直営店のオペレーションも有限会社ワングラムが行っています。

 こうして, ストリートファッション雑誌で常に特集が組まれるほどの人気ブランドに成長していったのです。

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